【頭文字Mから始まるピアノブランド】

ピアノ銘柄ブランド
トレードマーク 紹介
& 知名度ランキング


  

メーカー/ブランド説明・会社沿革・歴史・製作者・特徴・音色・他 

MALCOOLM LOVE
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マルコム・ラブ MALCOOLM LOVE アメリカ 詳細不明 すごい名前ですね

エスティピアノの代理店のブランド  ※詳しくはエスティピアノの項目を参照
MANTHEY
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マンタイ MANTHEY ドイツ(旧西ドイツ) 詳細不明
MARBE
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マルベー MARBE 森技術研究所(浜松)、レスターピアノ製造(浜松)
MARIST
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メアリスト MARIST 小出一三氏が製作したもの。

MARCHEN/MÄRCHEN

MARCHEN ピアノ

MARCHEN

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メルヘン (MARCHEN/MÄRCHEN)

意外と知られていませんが、カワイ製造のセカンドブランドです
現在のブランド所有は株式会社ディアパソン。
メルヘンの初期消音システムは、ハンマーシャンクで打弦を止めるシステムではなく、
キャッチャー部分で止める構造だったため、打鍵直後のシャンクのしなりの影響で、
物理的にレットオフを広く取らなければならず、消音ユニット付きは連打が利きづらいのが難点です。
※キャッチャー部分で止める装置の実際の写真 →★

音色はカワイらしい柔らかな感じです。
メルヘンのまくり(蓋)部分の銘柄マーク →★

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MASON & HAMLIN





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メイソン・アンド・ハムリン (メーソン & ハムリン)
The Mason & Hamlin Companies/旧(MASON & HAMLIN PIANO CO.)
アメリカ(ヘーヴァリル)
1854年創業。 所有:ピアノディスク社のカークとゲーリー・バージェット

メイソン・アンド・ハムリン社は1920年代まで、スタインウェイ・アンド・サンズ社の最も手強いライバルだった。
当時、「世界で一番高価なピアノ」として売り出された楽器は、まさに最高の品質を備えていた。
かつて輝かしい業績を誇ったこの会社が低迷することになったのは、所有権が安定しなかったためだ。

メイソン・アンド・ハムリンのピアノは幅広い音色のパレットを持ち、豊かな低音域、澄んだ中音域、
そして鐘が鳴るような高音域が特徴。
1900年、メイソン・アンド・ハムリン社に雇われていたリヒャルト・ゲルツは、
テンション・レゾネーターの特許を取得。
テンション・レゾネーターは調節可能な数本の金属棒からなり、それらはグランドピアノ底面の中心から
放射状に広がってリム(側板)に接続される。
その目的は、響板クラウン(むくり)の弦に対する圧力を調整し、弦の振動が響板全体に
よく伝わるようにすることだ。
この部品はメイソン・アンド・ハムリン社のすべてのグランドピアノに取リ付けられた。
この機構は、「クラウン・リテンション・システム」と呼ばれ、現在もメイソン・アンド・ハムリン社の
グランドピアノに用いられている。
1905年まで、グランドピアノには独特の張弦設計が採用されていた。
ピン板にチュー二ングピンを差し込むのではなく、
弦の張力を調節するために金属のフランジとスクリューを用いる。
弦はフックに通され、小型のチューニングハンマーでスクリューを回して調律される。
スクリューはチューニングピンのように、ねじれたり動かなくなったりせず、回すのも容易で、
このシステムには従来の方式より有利な点がいくつもあり、調律の精度は高かった。
しかし、狙った音程にするのに通常のチューニングピンの方式より、余計に回す必要があった。
調律に長い時間がかかるのと(チューニングピンと反対に回して合わせていくスクリューの調律法に
慣れる必要があったためと言われている)、調律師の偏見のせいでこの貴重なアイディアは廃れていったという。

<歴史>
実業家でアマチュア音楽家のヘンリー・メイソンと、リードオルガンの開発を手掛けるエモンズ・ハムリンによって
1854年に設立されたこの会社は、すぐにハルモニウムとキャビネット・オルガンで有名になる。
メイソン・アンド・ハムリン社の最初のピアノが発売されたのは1881年と比較的遅かったが、
当初から品質は充実していた。
その後も改良が重ねられ、1895年に雇われたドイツの著名なピアノ設計家リヒャルト・W・ゲルツによって
スケールデザインが改良され、1905年には、特許を取得したテンション・レゾネーターが導入された。
一時期、メイソン・アンド・ハムリン社のグランドピアノには独特の調律システムが採用され、
チューニングピンとピン板の代わりにスクリューが用いられていた。(これを ”スクリュー・ストリンガー” と呼ぶ)
しかし、この興味深い装置は十分な発達を待たずに、1905年に廃止になった。
メイソン・アンド・ハムリン社は、1911年にケーブル・ネルソン・カンパニーの一部になってから、
所有権が次々に移って経営が傾き、1932年にはエオリアン・アメリカン・コーポレーションの所有となった。
1985年にエオリアン社が消滅すると、メイソン・アンド・ハムリン社はゾーマー・カンパニーに買収され、
その後、ゾーマー・カンパニーが1989年にファルコーネ社に買収される。
それから1991年に行われた買収のあとにできたメイソン・アンド・ハムリン・カンパニーズ
(クナーベ、ファルコーネ、ゾーマーを含む)が1995年に破産を申請し、今度はピアノディスク社に救済された。
この救いの手は当時周りからは賭けと言われていたが結果的に大成功になった。
(※ピアノディスク社はカークと、ゲイリー・バージェットがゼロから会社を興し、
電子自動演奏ピアノの市場で2000万ドルのトップ企業に育て上げたことで有名)
この新しい熱意あるオーナーのもと、会社は完全に復活を遂げ、2002年、メイソン・アンド・ハムリンのピアノは、
20世紀初頭に作られていた最高のモデルのほぼ完璧な復元となった。

<附録>
メーソン&ハムリンピアノ 製造番号/製造年代 対照表 →★
メーソン&ハムリンのまくり(蓋部分)のブランドマーク写真 →★

<現在ピアノディスク社が取り扱うピアノブランド>
Falcone、Knabe、Mason & Hamlin、Sohmer、George Steck

<以下、ウィキペディアより引用抜粋>
メイソン・アンド・ハムリン(Mason and Hamlin)は、アメリカ合衆国
マサチューセッツ州ハヴァーヒルに本拠を置くピアノメーカーである。
1854年、ヘンリー・メイソンとエモンズ・アムランによりボストンに設立。
オルガン製作が元であったが、1883年にピアノ製造を開始。
ピアノのリムをテンションレゾネーターと呼ばれる金属棒で拘束することで強固な構造とし、
リムの変形や響板の沈下が長期間にわたって少ないことが特徴である。
米国ではスタインウェイに次ぐ高級ピアノと認識され有名であるが、
日本には輸入数が少なく知名度も充分ではない。
1924年のセルゲイ・ラフマニノフの演奏による彼のピアノ協奏曲第2番の録音に使われた。
公式ホームページ:http://masonhamlin.com/

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MASON & RISCH


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メーソン・アンド・リッシュ MASON & RISCH, LTD カナダ

カナダで最も大規模なピアノメーカーで、カナダで最も代表的なピアノメーカーです。
1871年にトロントで創業され、1881年にピアノの神様であるフランツ・リストによって、
そのピアノが賞賛されるにおよび、世界的に名声を博するものとなりました。
その後、ビクトリア女王およびローマ法王も、このメイソン・アンド・リッシュのピアノを
使ったと伝えられています。
現在は、製法も近代化され、生産設備の拡張によって大衆的な価格のピアノとなっている。

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MATHSHEK
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読み方不明 MATHSHEK アメリカ スクエアピアノ(テーブル型)のピアノがあるとの情報
MATSUMOTO & SONS


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MATSUMOTO & SONS マツモト・アンド・サンズ

(有)松本ピアノ工場千葉県君津市(君津郡:当時)
日本におけるピアノの先駆者の一人、松本新吉の六男、
松本信二氏の夫人が子息の真一氏とともに作っていたピアノで、
生産台数は少ないが極めて音の美しいピアノであったと伝えられている。
父、松本新吉氏のS・マツモトや、長男広氏のH・マツモトの項も参照。

<歴史>
松本ピアノは西川ピアノに続いて関東地方に出来たピアノメーカーです。
20世紀初頭から終戦の年までピアノを作り続けました。
その後、生産台数は少ないながらも千葉県君津市で有限会社松本ピアノ工場として
長い伝統によって培われた技術を活かし楽器を作っていました。

松本ピアノの創始者、松本新吉氏は1865年に千葉県周淮郡常代村
("すえぐんとこしろむら"と読む)現在の君津市で父 治朗吉、
母 みやの長男として生まれ、"上総の神童" といわれるほどで、
寺子屋で二十四考や論語、孟子の素読を聞いてたちまち記憶するほどの
才能があったと伝えられている。

松本新吉氏は1883年に "山田るい(るゐ)"さんという最初の奥さんと結婚。
当時新吉19歳、るいさん15歳であった。
彼は1887に西川オルガン製作所に移っているが、その理由は判然としないが、
おそらく"るい"さんが西川虎吉氏の姪だったためであろうと思う。
新吉氏と西川オルガン製作所との関係は1年とも3年とも言われているが、
いづれにせよ短期間であった。
しかし、この短期間の間に彼は驚異的な才能を発揮し、外人技師たちから
オランダ語や英語を学び取り、オルガンやピアノの調律・修理の技術を
身に付けたといわれている。

松本新吉氏が最初に作り始めた楽器はピアノではなく紙腔琴(しこうきん)でした。
紙腔琴についてはWikipediaに詳しく書かれているのでここでは割愛しますが、
日本で最初に流行した大衆楽器でした。
穴の開いたロール状の紙をハンドルを回し送り出し空気を出して音を出すふいご楽器。

日本のピアノメーカーで最初に渡米したのは山葉寅楠氏で、彼は1899年に
文部省の嘱託としてアメリカの楽器業界の視察兼、ピアノの部品購入のために渡米。
ここでピアノの鉄骨フレームにヤマハの商標を鋳込ませたものを輸入することに
成功し、このことで一挙にヤマハの市場価格が高まったと伝えられている。
一方、松本新吉氏がアメリカへ修行へ出かけたのはその翌年の1900年でした。
彼は山葉氏とは対照的で、苦節10年、紙腔琴を作るかたわらピアノやオルガンの製作、
修理などに懸命に働き、その当時としては途方もない渡米費用を調達したという。

1900年に松本新吉は日本のピアノのパイオニア、そしてまた最初の調律師としても
アメリカで絶大な歓迎を受けました。彼は日本で最初の調律師として仕事を始め、
その後数台のオルガンとピアノを作ったがこれらに満足せず、アメリカの数多くの
工場を訪問し、ブラッドベリーピアノ工場で腕を磨いたとされています。
この工場のマネージャーは、彼のことを規律正しく、熱心でしかも忍耐強い
人物であると絶賛していたようです。
このブラッドベリーはニューヨークで1837年創業のピアノメーカーで、
当時73歳になるスミス社長が松本新吉氏を熱心に指導したと伝えられています。

約半年間アメリカでの研究生活を送って帰国した新吉氏は、その年の暮れに
愛妻の急死という不遇に見舞われました。落胆した彼は、一時築地の工場を
郷里の千葉に移しましたが、材料入手に不便なため、1年後再び築地に戻っている。
1905年には長男の広氏をアメリカに送っているが、その翌年に築地工場は
火災のため全焼してしまい、苦労の連続で築地時代を終えています。
1907に月島二号地に新工場を作り、病院長の和田剣之助氏および実業家の大倉文治氏と、
松本楽器合資会社を結成、さらに銀座4丁目の伊勢善自転車店跡地に
松本楽器販売店をピアノやオルガンを販売しました。
この松本ピアノ店が、のちに現在の山野楽器に変わりました。

その後、1910年に松本楽器合資会社を解散し、月島工場を単独経営に移し、
さらに京橋の柳町に営業所を設けましたが、不幸にして1914年に月島工場も全焼。
1916年には台風の大波によって大きな被害を出し、1924年の関東大震災で再び全焼、
柳町営業所も全焼してしまいます。不運が続くとはこのことでしょうか。

関東大震災後の1924年に再開されたピアノの生産は順調に伸び、月産50台にも
達し品質も向上して、一流の楽器として評価されるようになりました。
新吉氏は長男の広氏と別れて故郷の千葉に移っています。

1924年、松本ピアノ八重原工場を作り、こちらをS・松本とし、
長男の広氏の月島工場のピアノを、H・松本と呼ぶようになった。

1941年5月3日、松本新吉没(享年77歳)。
1953年松本新吉の弟子である沢山清次郎氏がMATSUMOTO & SONSにブランド名称変更。

千葉県君津におけるピアノ製造は六男の松本眞二氏が後を継ぎましたが、
彼は不幸にして事故で亡くなり、奥様の松本和子さんが長男の信一氏と共に
有限会社松本ピアノ工場として仕事を引き継いでいました。
このマツモト・アンド・サンズというピアノは月産わずか当時数台ではありましたが、
大変美しい音色で定評がありました。
一家そろって90年以上もピアノを作り続けていたのはおそらく松本ピアノだけでしょう。

2007年4月6日、君津市外箕輪の松本ピアノ工場閉鎖。

<追記>
松本ピアノの月島工場は、第二次世界大戦の米軍の爆撃により全焼し、
その55年余りにおよぶ歴史に幕を閉じましたが、この月島工場で
腕を磨いた職人達は、戦後も各地でピアノ製作に取り組みました。
例えば、シュベスター(浜松)、キャッスル(土浦)、イースタン(宇都宮)
などのブランドはいづれもその系統で育った技術者たちです。
現在はわかりませんが、日本ピアノ調律師協会(通称:ニッピ)の会員の中には
当時松本ピアノ出身者が極めて多く在籍していたようです。
松本ピアノ出身で著名な方々は下記の通りです。
宇都宮信一氏、上岸斬氏、市川祐弘氏、寺中一氏、本多匡雄氏、
宇佐美隆氏、青木栄次郎氏、森泉良平氏、田中信男氏、古賀良三氏、
松川静雄氏、市村昴氏、岩本重晴氏など。

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MAXADAM
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マックスアダム MAXADAM ドイツ 詳細不明
MAY BERLIN
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メイ・ベルリン MAY BERLIN ドイツ(旧西ドイツ) 詳細不明
MAYYER
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メイヤー MAYYER ドイツ 詳細不明
MEHLIN & SONS
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メーリン・アンド・サンズ  MEHLIN & SONS, INC. アメリカ

1853年、ポール・ジー・メーリンという有名な発明家で、一生をピアノの構造の改良に尽くしたと
伝えられる人によって創立された会社であります。
このピアノの外装・デザインは比類のない美しいもので、スピネットからグランドまでのすべてを製作。

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MEILMNER
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MEILMNER  ドイツ 詳細不明
MEISCHNER


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MEISCHNER Meischner マイシュナー

アカシアピアノ製作所、マイシュナーピアノ製作所、
アカシア木工株式会社、(株)マイシュナーピアノ社

戦後、アカシア木工(株)が太田一郎氏を迎えてピアノ製作を再開した時のブランド。
昭和26年に町田幸重氏によって(株)マイシュナーピアノ社が興され、
昭和30年まで月産十数台の生産が維持されたとのこと。

色々と調律師さん泣かせの所もあるらしいですが、音は国産と思えないような信念のある本格派で、
これをあの時代に発売したのだから造った方の飛び抜けっぷりが目に浮かびます。

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MEISTER
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MEISTER マイスター

アトラスピアノ製造(浜松)
当時、阪急百貨店で販売していたブランドのようです
MELFORD
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メルフォード 日本製 詳細不明
機種:U131など
MELHEN
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メルヘン MELHEN 韓国 詳細不明  ※カワイのメルヘンとは異なります
MELODI GRAND
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メロディ・グランド MELODIGRAND CORPORATION アメリカ 工場:テネシー州
アメリカには珍しい普及品のピアノメーカーです。

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MELODY
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メロディー MELODY 三陽楽器製作所 ケーニッヒの姉妹品。
MENDELSSOHN
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メンデルスゾーン MENDELSSOHN アメリカ(テネシー州)
スターリング・ピアノ・コーポレーション  ※STERLINGの項目参照
MERCEDES
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メルセデス MERCEDES フィリピン 詳細不明
MERCEDES DELUXE
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メルセデス・デラックス MERCEDES DELUXE フィリピン 詳細不明
MERDES
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メルデス MERDES 中響ピアノ(浜松市) 詳細不明
MERRILL

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MERRILL メリル  Merrill Piano Co.

アメリカ(ボストン)  詳細不明
MICHAEL
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マイケル MICHAEL 大倉楽器工業(株)東京都杉並区上高井戸  ※コスモスの項参照
MIESSNER
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ミーズナー MIESSNER アメリカ(ミルウォーキーMILWAUKEE) 詳細不明

MIKI

MIKI ピアノ

MIKI GAKKI

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ミキ  天竜楽器製造(株)、三木楽器(発売元)、河合楽器、日本楽器(和田工場)

河合小市氏が日本楽器から離れてピアノを製造するにあたり、
関西の有力楽器商社三木楽器店の後援を受けましたが、
その代償として関西の販売権を譲り、ミキのブランドで販売されました。

三木楽器店は昭和36年頃より河合系列を離れたので
日本楽器系の天竜楽器がそのブランドのピアノの製作にあたり、
その後、日本楽器和田工場に引き継がれて生産されていました。

従いましてアクションはヤマハです →★   ミキの外装表記マーク →★

マフラー装置/弱音装置(一般的な3本ペダルピアノの場合の真ん中ペダルに相当)が非常に特徴的で、
ペダル式ではなく棚板下のレバー式タイプがあります →★
機種:No10等

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MILLER
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ミラー MILLER PIANO CO. 正式名称:ヘンリー・エフ・ミラー・ピアノカンパニー
工場:テネシー州

アメリカ西部の豊富な木材資源を利用して、過去100年以上ピアノ製作を続けてきた会社です。
製造するピアノはまったく飾りのないスピネットタイプ10種類と、小型のグランドを製造。

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MILLET


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MILLET ミレー、ミレット

新興楽器製造KK(新興楽器製作所)
長野県辰野町の新興楽器製作所のブランド。

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MILTON
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ミルトン MILTON アメリカ 詳細不明
MODEL
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モデル MODEL 日本 詳細不明
MONARCH


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MONARCH モナーク

沢根ピアノ製作所
初期のドルファーと並ぶ沢根覚氏経営の工場で作られた。
製造期間は短かった。 

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MONARCH
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MONARCH モナーク ボールドウィン アメリカ 詳細不明
MONBLAN
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モンブラン MONBLAN 三陽楽器製作所 詳細不明
MONDLICHT


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MONDLICHT モンドリヒト

製造:天竜楽器製造(株)(浜松)、発売元:竹内楽器店(三田)
MOONLIGHT(ムーンライト)以前の商品名であるが、設計は異なる。
戦前(昭和11年)竹内楽器店(三田)が取次店であった。 

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MONINGTON & WESTON
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MONINGTON & WESTON LTD. モニントン・アンド・ウェストン イギリス 詳細不明

MONSON

MONSON ピアノ

MONSON PIANO

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モンソン

ロゴには、MONSON PIANO COMPANY.LTDとあります。
製造:山下楽器研究所

山下楽器研究所(静岡県袋井市高尾にあった)は当初ピアノアクションの生産を行っていました。
その後ピアノ本体の製造にも試み、一時は関東にもかなりの台数が出荷されたようです。
アクションはもちろん”モンソン”です。

フレーム右側部分には、MATERIAL MADE IN GERMANYと書かれています。
原材料はドイツから輸入という意味でしょうか。

モンソンピアノのアクションレールに貼られたMONSONシール →★
モンソンピアノの響板に描かれたデカール →★

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MOONLIGHT




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MOONLIGHT ムーンライト

天竜楽器製造(株)(製造)、[クロイツェルピアノ(株)(製造)]

天竜川のほとりにあるピアノ工場である天竜工芸のブランド。
木工技術の優れた良品として定評があった。
日本楽器はこれを買収してエテルナ、ミキを生産する系列工場とし、
その後合併して和田工場とした。
クロイツェルピアノ(株)でも作ったという記録がある。
昭和24年ごろ天竜工芸は戦後出足早くに楽器製造を進め、静岡県勢総覧によれば、
資本金250万円で河合楽器製作所を上回り第二位、従業員数でも日本楽器、
河合に次ぐ第三位。ディアパーソン[ディアパソン](浜松楽器工業株式会社)、
シェーンベルグ(富士楽器製造)、アポロ(東洋ピアノ製造)を抜いていた。

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MOORE & MOORE
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ムーア アンド ムーア MOORE & MOORE イギリス 詳細不明
MORGENSTEIN
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モルゲンスタイン MORGENSTEIN 富士、アトラスピアノ製造 詳細不明

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MORGENSTEIN
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韓国製 モルゲンスタイン 韓国製にもモルゲンスタインというピアノあり 詳細不明

MORGENSTERN

MORGENSTERN

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モルゲンスターン MORGENSTERN

MU-2、MU-5の二機種があり、戦前は(昭和11年)竹内楽器店が取り次ぎをしていたようです。
トニカ楽器製造(?) 松本ピアノ(?) その他、詳細不明

モルゲンスターン内部の引いた画像 →★
トレードマークは韓国製のサミック(SAMICK)というピアノに酷似していますが、詳細は不明。

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MOUTRIE


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MOUTRIE モートリー
イギリスの組立ピアノ  上海(製造)、横浜(発売)

19世紀末、上海でイギリスの植民地政策としてこのブランドが相当数作られ、
我が国では横浜の支店で扱われていた。

※ニエアール/ニエアル NIEERの項目も参照

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MUSENHAIM
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ミューゼンハイム?MUSENHAIM? 詳細不明
MUSSARD
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ムサード フランス(パリ) 詳細不明
MYSTAR
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マイスター 詳細不明

MEISTERとは違うのか?不明

 








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